バルセロナに着きました

スペインのバルセロナに着きました。私はこの町を17歳の時から毎年のように訪れ、その数は20回以上は越えています。初めて海外チームと契約を交わしたのも、このバルセロナにあるクラブ・ナタシオ・サントアンドレウというチームで、19歳の時のことでした。

海あり山ありの大都市で、多くの歴史とアートと生んだ町でもあります。多くの国から観光客が365日訪れ、常に栄えている町でもあります。
 

実は岐阜県チームの白濱先生も、昔このスペインのチームでプレーしており、丁度1992年のバルセロナオリンピックの時のことです。私がバルセロナに住んでいた年は、1999年、話題は自然と当時のことになります。



バルセロナオリンピック前から、スペイン水球は頭角を現し、アタランタオリンピックで優勝、その後、世界選手権2連覇など、スペイン水球の黄金時代が続きました。しかし2003年のバルセロナ世界選手権終了を機に、スペイン水球は衰退してしまいます。

この黄金期のスペイン水球に憧れ、多くの日本人選手がスペインリーグへと挑戦しました。佐藤選手、本宮選手、田中選手、山本選手、永田選手など、全日本で活躍した多くの選手が参加していたのを見て、私は他の選手と比べられるのを避けるために、大学終了後、スペイン行きをやめ、当時世界最高峰と言われたイタリアセリエAへと挑戦しました。

この地、バルセロナは私の青春時代を過ごした地でもあり、初めての海外生活をおくった地でもあり、初めてプロの世界を味わった地でもあります。




「バルセロナへ着きました」 
この言葉の中には、言葉にでないほどの感情がこもるわけです。

出発

ハンガリーの後はスペインへ移動です。空港でチャバ夫婦にお別れをして、バルセロナへ出発です。



。。。っとその前に、ハンガリーでこの人を忘れてはいけません。友人のミキ選手です。彼は一緒にモンテネグロでプレーした後、ハンガリーの名門チームブダペストホンベードと言うチームへ移籍し、リーグ戦優勝争いをしています。

もちろん連絡すると飛んで会いに来てくれました。彼と話すと話題が尽きず、すぐに時間が経ってしまいます。



丁度モンテネグロでトレーナーをしてくれていた越田梨愛さんも、まだモンテネグロで活動しており、日本に帰国するついでにハンガリーを通り、ミキに会ってから帰国すると、ブダペストにいました。



彼女とも久しぶりに会え、話題はモンテネグロのことばかり。懐かしい思い出に浸りました。


これからスペイン遠征です。

ハンガリー遠征最終日

ハンガリー遠征は今日が最終日です。岐阜県の選手も大分外国人との接触プレーに慣れてきたようで、動きが良くなってきました。

エゲルのジュニア選手を見ていてものすごく思うことは、フィジカル面、特に泳ぎがしっかりできているということ。そしてシュートを打つ時にスタンディングの体勢をしっかりとり、体の体勢が安定しているということです。



同じ年代の選手を前にして、ものすごく良い刺激になったことだと思います。


温泉と鯉

エゲルは水球の町としても有名で、ものすごく歴史のある町でもあります。



この町では所々で温泉が湧き出ているので、プールの水も温泉を利用して作られており、光熱費はさほどかからないという経済的に良い作りになっています。私たちは新しい室内プールで練習をしていましたが、昔からある外プールへ行くと、そこは神秘の世界でした。水の中まで写真を撮ることができないので、皆さんにお見せすることができませんが、プールの底は一面自然の石でできており、そこから温水が湧き出ているのがわかります。雪が揺っていようが、嵐が来ようが、水温は常に温かく保たれるというわけです。






ハンガリーに来ているので、ハンガリーでプレーする長沼選手に連絡を取ると、丁度練習も冬休みに入ったので、すぐにエゲルまで会いに行きますと、足を運んでくれました。

今日は長沼選手もいるので、チャバコーチと一緒に食事をしようと、実家でのクリスマスディナーに誘われ、コーチスタッフ全員でお邪魔してきました。こちらのクリスマスでは魚を食べますが、ハンガリーには海がないため、川魚の鯉を料理して食べるようです。日本では鯉は臭みが強く、頭と皮は取って調理しますが、こちらではそのまま丸ごと使用します。食べてみると独特の臭みもなく、鯉といっても種類が違うとこれだけ違うのかと驚きました。



写真は鯉のスープ、頭もそのまま煮られています。

さぁ、明日からまた練習です。

エゲルのジュニアチームと練習試合

岐阜県の大垣水球クラブには、3年間ハンガリー人のチャバコーチが指導にあたっていました。その縁もあり海外遠征では、ハンガリーのチャバコーチの住むエゲルという町に4日間行くことになりました。

エゲルの町は、私がモンテネグロでプレーをしていたときにLENカップの準決勝でプレーをしたチームでもあり、相手チームの選手の膝蹴りを顔面にくらい、顔面骨折を骨折し大ケガをした苦い思い出の場所でもあります。

このプールにまたもどってくるとは思っていませんでしたが、やはりこの地は水球王国ハンガリー、多くの子供達が水球をしています。

 


初日からエゲルのジュニアチームと練習試合です。初回は長旅の疲れもあり岐阜県チームは、体がしっかりと動いていませんでした。



ヨーロッパ遠征

私は今、岐阜県国体水球チームのアドバイザーコーチとして、ヨーロッパ遠征に一緒に帯同います。今回はハンガリーのエゲルに4日間、そしてスペインのバルセロナに8日間という長い期間の海外遠征となります。

ヨーロッパは大陸で繋がっているので、隣の国へ行くことは容易ですが、海を渡らなければ隣国へ行くことができない日本人にとっては、ヨーロッパ内の旅行でも大変なイメージがあります。今回も海外旅行始めての生徒もいたようで、大分興奮していたようです。

ブダペストに到着すると、気温はマイナス10度でとても寒く、新潟を出発した時も大雪で、大雪から逃れられたと思いきや、ハンガリーでも大雪でした。



岐阜県国体水球チームの海外遠征始まりです。


カレーの味見

 今日練習をしにプールへ行くと、元全日本選手の小林浩司選手が柏崎へ年末を実家で過ごすために帰って来ていました。

「勧さんブログ見ましたよ」という会話から始まり、話題はカフェテリアのカレーの味についてです。一度味見しに食べに来てくれないかと頼むと、喜んでと大学まで昼ご飯を食べに来てくれました。




カフェテリアに着くと今日はまだご飯が炊けていないと、カレーうどんに変更。始めて食べましたがとても美味しく、小林選手も満足して帰った様子でした。



これからは一般の方にもカフェテリアを利用して頂けるように、作戦を立てないと行けません。

友人の訪問

 随分前の話になってしまいましたが、イタリアから私の友人のエットレが日本へ遊びに来ました。彼と知り合い私の水球人生が開けたといってもよいくらい、ものすごく世話になった友人で、今となっては兄弟の仲を交わすほど仲良くなりました。

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そんな彼が弟がいる日本の国を見たことが無いというのはあってはならないと、この機会に日本を訪問しにきてくれ、楽しい時間が過ごせました。

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一度、私がイタリアで彼と一緒にプレーをしている時に、日本のイタリア料理はイタリアで食べるイタリア料理よりもおいしいよという話をして、「お前ら外国人が本当のイタリア料理を作れるはずが無い」と討論になったことがあります。今となれば良い思い出ですが、実際にイタリアレストランに連れて行くと、日本のイタリア料理の質の高さに驚いていました。

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ハンガリー人のミキが来たときもそうでしたが、さまざまなレストランで食事をした中で、エットレもラーメンが一番気に入ったようです。

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週末には新潟から東京へ行き、東京観光です。

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5日間だけの日本訪問となりましたが、ものすごくよい経験ができたと大喜びで帰りました。次は私がイタリアへ行く番です。



ループ・カフェテリア

新潟産業大学の水球チームを指揮するようになり、多くの壁に当たります。その1つがチーム運営資金の不足です。これは全国のどの水球チームも頭を抱える問題です。全国のチームでもさまざまな方法で資金集めをされている中、私たちの大学では、興味深い試みをスタートすることができました。


それは大学内にあるカフェテリアの運営を学生がするということです。

新潟産業大学には、学内に食堂が1つとカフェテリアが1つあります。そしてこのカフェテリアには100席ほどの大きなスペースとそれだけの人数を賄えるだけの設備が備わっています。しかし、私がこの大学に来た時には、カフェテリアは閉店しており、営業はしておりませんでした。



大学の開講日数は年間で150日ほどで、この150日以外にお客となる学生を確保することは難しくなります。そこで、このたった150日間で、しかもそれが軽食とカフェだけとなると、これだけの期間で年間の利益を出せる企業はなかなかおらず、カフェテリアが閉店しているのもわかります。

そこで、この大学の専門学科の1つが経済経営学部ということもあり、部活動に所属している学生にカフェテリアの運営を全て任せ、売り上げた利益を学生のアルバイト料と部費として還元してはどうでしょうかと提案してみると、大学側は心良く引き受けて頂けました。本当に何と面白い大学でしょうか。

この事業のコンセプトは「学生を喜ばせること」「大学を喜ばせること」そして、「地域を喜ばせること」により、大学内の活性化を図ることです。 

そして、この事業からの期待する効果は 
・将来の起業への動機付け
・学生の経済学、経営学への勉強意欲向上
・大学及び地域への貢献
・学内通貨の利用拡大 
・学生のアルバイトの確保
・部活活動資金の獲得
というものです。

軌道に乗るまでは大学側も協力をして頂き、ガス、水道、光熱費、場所代などすべて大学が負担してくれるということで、学生に取ってはリスクは全くなく、最も実践的な勉強ができるというわけです。


そこで、水球部員でカフェテリアの企画、運営、全てをすることになったわけです。今の時点で私が指示することはほとんどなく、学生が会計から企画、買出し、調理、販売など全て行なっています。






私が少し手伝ったと言えば、おいしいカレーの作り方くらいです。学生が軽食でカレーを出すというので、思い出したのが日本体育大学水球部が日曜日に寮で作るカレーです。私が大学生の頃は、よく日本代表の合宿で日本体育大学の水球部寮にお邪魔し、昼ご飯を頂きました。日曜日は寮のおばさんが休みのため、1年生がカレーを作ることになっていました。毎回日曜日にカレーを食べるので、選手全員のマンネリ化を防ぐために、1年生はカレーにコーヒーを入れてみたり、ケチャップを入れてみたり、いろいろ味を試し、試行錯誤の中でものすごいおいしいカレーができるわけです。

すぐに元日本体育大学水球部員であり、日本代表のチームメイトでもあった小林浩司選手に電話をし、日体のカレーの作り方を教わりました。

そして対抗して出来上がったカレーがこちらです。ちなみに新潟産業大学のカレーには、結局コーヒーも、ケチャップの何も入っておりませんが、おいしいカレーに出来上がっています。


というわけで、私は今日で昼食5日連続カレーでございます。。。


長期出張

 大学の出張で、佐賀ー福岡ー岡山ー大阪ー三重ー愛知ー静岡と長期にわたり、日本全国を転々として来ました。各県で水球関係者の方々にお世話になり、どうもありがとうございました。

佐賀では、始めて佐賀東高校の服部先生と食事をする機会があり、とても楽しい一夜を過ごさせて頂きました。服部先生にも「早くブログを更新しろよ、いつも見てるんだから〜」と励ましを受け、忙しい中にもしっかりと更新して行こうと思います。

今回多くの方々にお会いすることができましたが、その中でも、福岡で大学の同期でもあり、全日本のチームメイトでもある永田選手に会い、話し合いをしたことはとても興味深かった。時が経つのは速く、今となっては、私たちは全日本メンバーでも最年長選手です。どの世代も考えることは同じであり、最年長選手の考えることは、いつ、どのようにして自分の選手生命を終えるかです。

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このような話題を多くの選手と話していて思うことは、いつまでも水球を続けられる環境というのは、「経済力の安定」が一番の問題ではないように思えます。一番の問題は、やはり孤独を感じることではないでしょうか。


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